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続 となりのオヤジ

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昨日の写真の黒いウンコあとの道路左側。道端のフキ原にたたみ3畳ほどの円座ができている。昨日の朝、ここにはでっかいオヤジが座り込み、寝そべり、手近なフキを口に運んでモグモグやりながら、満ち足りた時間を過ごしていたのだ。 その姿を想像すると、こちらも心の端っこが柔らかくほぐされるような気持ちになる。だが、同時にこういう現場を恐怖や災いの対象としてしか見られない人たちも多くいる。毎年のこと。こういう痕跡に気付いたり、クマそのものを目撃してしまった人は、その緊張や恐怖を抑えられずにまず110番して警察を呼ぶ。暫くしてミニパトに乗った警官が到着。事情を聞いたあと、もし近くに人家でもあれば本庁に無線を入れて猟友会に出動要請。大勢でその痕跡をたどり、山狩りの末に銃で命を奪うことで一件落着。全ては相手の事がよく分からないのが原因だ。「放っておくと何をするか分からない」「トラブルが起きてからでは遅い」。それが自分を上回る相手や集団、あるいは国家の場合、自らの安全を守るためという目的を掲げながら、実は不可解ゆえに増幅する恐怖心から逃れるために武器を手にする。 領土拡張や資源奪取が直接の目的でない争いごと

となりのオヤジ

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今朝、仕事場に来たら工房の前に新鮮で大量の熊のウンコ(左下の黒いシミ)。 2〜3kgはある黒い糞の山が2箇所。しかも、不敵にも道路の真ん中。その量からして確実に200kg以上あるオスの成獣だろう。 この時期は柔らかいフキなどの山菜を大量に食べる。だからアクのせいでウンコは真っ黒、しかもいくぶん下痢気味。 朝の陽をあびながら、でっかいヒグマが道路の真ん中で、まるで力士の仕切りのような格好をしながら空ろな眼でイキんでいる姿は、想像するだけで笑えてくる。あまりに大量なので写真に撮っておこうとしたら、隣の(といっても250M先)ドッグスクールの先生がクルマで戻って来ると、角スコップですくって草薮に捨ててしまった。 「熊が出るなんて風評でも立ったらお客さんが来なくなる」のだそうだ。里山とはいってもここは北海道。感じ取ろうとしてアンテナの感度を上げさえすれば、いつでもヒグマの気配はそこにある。開拓期から、人はその痕跡と気配をいつも感じて暮らしてきた。だからこそ、拭い難い恐怖と同時に畏敬と親しみを持てる存在として、オヤジあるいは山オヤジと呼んできたのだ。ヒグマはその体躯とパワーから<猛獣

「白い花が好きだ」

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まわりの木や草が、もうみんな朝ごはん済ませて「さあやるか!」って時に、寝ぼすけのマメ科のエンジュやニセアカシアがやっと起きだしました。これから大あわてで準備して、2週間後には甘い蜜たっぷりの白い花を咲かせます。大ぶりなのに決してハデではなく、木陰にひっそりと一叢咲いているユリ科のオオバナノエンレイソウ(写真)。この清楚で白い花は、アカシアが白く盛り上がる前に花弁を落とします。 その10日ほどのあいだ、ちょうど今は、バラ科のシウリザクラやナナカマドが「忘れないで」とでも言いたげに白い花房を渾身の力を込めて枝先から突き上げています。<暦どおり>とはよく言いますが、人間の思惑など全く意に介さないかのように、<暦>は絶妙のバランスを保ちながら絶えることなくページをめくります。人間がもっと謙虚だった頃、人智の及ばないその自然の<力>は、どれほど頼りになり、心に安寧をもたらしたことでしょう。新田次郎がその著書「白い花が好きだ」で書いたのは春一番のコブシの花ですが、サクラと一緒にコブシが散ってからも白い花が続き、ニリンソウ、ミズバショウ、キクザキイチゲ、エゾノコリンゴ、オオバナノエンレイソウ、

5月のルル

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子供達ももう目が開いて巣穴の外に出てくる頃だ。あんまりのんびりもできないが、ちょっとの間、うるさいセミ時雨れを聞き流しながらお気に入りの場所で寛ぐ。 眼の奥には厳然とした野生の光を湛えているのに、まるで飼い犬のような穏やかさで接近を許し、触れようとさえしなければ立ち去ることもない。去年の秋おそく、工房の前を何度も通りかかる子ギツネに目が止まり、冬を越し、春が来て、親になって初夏を迎えた。 窓の外にルルの姿が見えると何故かちょっと安心し、何日も見えない日が続くとどうしているのか気に掛かる。心の中にしっかり存在の位置を占められて、この関係がいつまで続くのだろうか。 「この人にはかなわない」と思う人に竹田津実さんがいる。獣医で写真家で著述家、それよりも<キタキツネ物語>や<こぎつねへレン>などの映画監督・制作者としての知名度の方が高いかもしれない。そんな氏に知り合えたのは今から20年以上も前。その頃はちょうどバブル絶頂期で、アウトドア系のイベントや写真展も多く催され、講師としての竹田津さんの話しを舞台の袖で聞いたり、打ち上げで夜更けまで呑んだりしたものだ。博識をひけらかすことなく独

無意根山

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「白きたおやかな峰」という本がある。医者でもあった北杜夫氏が、カラコルムのディラン峰の遠征隊に随行した際の、小説というより随筆のようなものだ。初めて読んだ昭和40年代から、<たおやか>という語句がずっと気に掛かっていて、Amazonで見つけた320円の古い文庫本を1500円で手に入れたのを期に再読した。ディランはパキスタンの奥地、ヒマラヤの西にあって、標高こそ7千米に満たないものの、かつて新谷暁生氏らが遠征したラカポシと深い氷河の谷を挟むように位置する、人間を拒むかのような岩峰だ。 著者は、長く乾いたキャラバンの途上はじめて見えた谷の奥の白い山を<たおやかで白い>というイメージを持ったのだろう。しかし実際のディランは岩と氷の山で、近づくほどに<たおやか>という女性的なイメージとは程遠い。札幌の中心街からは見えないが、街を貫く豊平川をずっと遡った水源近くに、秋10月から夏の7月まで白い雪を纏った無意根山がある。毎朝川沿いの道をこの無意根山に向かってクルマを進めながら、「この山こそ白くてたおやかなイメージにぴったりだ」と自分一人でずっと思ってきた。 11月から5月までの半年以上は「