写真だとまあまあに見えるが、かなりポンコツのキャンパー(よくいうキャンピングカーは和製英語なので国外では通じない)がある。最近では子供達も独立して家を離れ、使う機会も多くはない。それでもあまり長い期間放置しておくと本当に壊れるので、年に何度か乗って出かける。 出かけた先で適当なキャンプ場を探すのだが、これが結構キャンパー泣かせでめんどくさい。まず、車の進入禁止のキャンプ場が多いのだ。そもそも日本の初期のキャンプ場は教育の一環として整備されたケースが多く、整地されたグランドの土の上に整然と軍隊式にテントを並べるのが長いことあるべき姿とされ、仲間同士や家族単位でのレジャーユースは想定していない。管理者が自治体や教育委員会の場合にはいまだにこの手のパターンが多くて、クルマの乗り入れなど風紀や規律を乱すとして絶対に許さない。 子供たちが小さかった頃、小ぶりのキャンパーで全道あちこちに出かけたが、その頃はキャンパーを乗り入れできるキャンプ場はほぼ皆無で、キャンパーでありながらキャンプ場を使えずに河川敷や海岸などで泊まったものだ。最近多くなった民営や第三セクターのキャンプ場は、キャンプサイ
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ジンギスカン鍋
「今頃かい!」 今日の札幌は8月になって初めての30度超え。7月末までに7日の真夏日があり、そこそこ夏を味わった気になって、ハイ、夏終了ーッ!と思っていたのに、ちょっと動くと滴る汗。「アヂーよぉ」と独りごちながら、木の葉を揺らしてそよわたる風を眺めています。暑さしのぎの休憩ついでにどうでもいい話を一つ。 先日、日テレ系のTV番組でのネタ。<北海道民は、海水浴といえば泳ぐのではなく、砂浜にテントを張って炭を熾し、ジンギスカンやバーベキューをするのが常識。> さすが「ケンミンショー」。他県民の「えーっ、」というコメントと、北海道民の「エッ、どこがヘンなのよ、常識じゃん。」という噛み合わなさを引き出して大成功。 道民としてこれを弁明すれば、本州各県の海水浴場のように電車で行く訳ではないし、ずらっと並んだ海の家が営業しているところはほとんどないので、クーラーに飲み物や食材を入れて車で持っていくのが当たり前。加えて、春の花見にはじまり、キャンプだ海だ、なんでもないけど集まって庭や車庫でジンギスカン、ヘタしたら学校の運動会まで、とにかく北海道の家庭でジンギスカンをしないウチなど絶対にアリエナイ。か
子育て中
長年にわたって放置され、昼間でも林床が薄暗いほどうっそうとした森の中は動物たちの世界。 縦横にケモノ道ができている。 まるで鼻歌でも歌うかのようにその森から工房前の草地に出てきていたルルが、近頃は立ち止まって様子を窺い、安全を確認する動作を見せるようになった。 決してその姿を見せることはないが、どうやら2頭か3頭の子ども達を連れて来ているようだ。子ギツネたちも大きくなって、いつまでも巣穴のそばでジッとしてはいられない。徐々に行動範囲を広げて、そろそろ自立を促すための訓練期間に入ったのか。生きていくための対処を、背中で教えているようだ。ルルが開けた草地に出てくるとき、子ども達は暗い森の中で静かに待っている。唸ったり睨んだりして命令する様子は無い。母親の意思は何の手段も介すことなく、人間にはないテレパシーで子どもに伝えられる。 なかなか戻らない母親を待ちくたびれた子ども達が、けんかやじゃれあいを始めることがある。森の中を走り回ってギャオギャオと大騒ぎ。日なたの草の上で気もち良く寝そべっていたルルは、すっと立ち上がって声のする方をしばらく見据える。何がどう伝わったのか、一瞬のうちに鳴き声はお
暑さの後に
朝晩の空気の中にヒンヤリしたものが混じるようになり、その姿こそはっきりとは見せないものの、<秋>が気配を漂わせ始めました。 夏の夜、ピュアな結果に一喜一憂を加えながら、世界中の耳目を集めるロンドンオリンピックもフィナーレが近づいてきました。 このオリンピックフィーバーの間にも、その裏側で現実世界が時を進めています。シリアの悲劇もユーロ圏の経済危機にも解決の兆しが見えません。わが永田町でも「党利党略」「個利個略」の情けない駆け引きが続いています。 1年前の党首選後に野田さんが突然言い出した<増税法案>という強い野心に対し、与党も野党も咀嚼能力を欠き、決められる政治というワードを繰り返しながら国民不在の醜態をいつまで続けるのでしょう。 東電は、どうして1年半も経ったこの時期に事故対応の編集済みテープを出してきたのでしょう。都合の良いことに、新聞もTVも連日のトップニュースはメダルと涙の感動物語。五輪フィーバーだけでなく、「なでしこ」の大活躍や「日本シリーズ」「ワールドカップ」などのスポーツイベントの報道の裏で、狡さに傾くヤツらを見過ごさないようにというのはへそ曲がりでしょうか。 原発の問題