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病室にて

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401号室の窓からは家々の屋根越しに<羊が丘>の緑が見える。月寒丘陵のなだらかな地平は左手に向かって少しずつ下がり、その緑の端には札幌ドームがどんと居座る。 晴れた日のシルバーのドームの上には、遙かに遠い夕張岳のシルエットが鶏のトサカのように重なって、まるでウルトラマンの頭のようだ。 左に目を転じると中心部のビル街、その先には日本海に接する石狩湾が霞みながら弧を描く。 手術から3週間が過ぎて痛みも取れ、ベッドの上で退屈な毎日が過ぎて行く。 4人部屋で同室の患者は、私立高校2年のサッカー部員、公立高校1年の野球部員、それに小6サッカー少年の3人で、それぞれ靱帯や半月板の手術を終え、車椅子から松葉杖になったところだ。ふだんは縁の薄い若者達だが、至近距離で観察してみると結構おもしろい。 学校が近いこともあって、高2サッカーのベッドには入れ代わり立ち代わり友人が訪ねてきて、昼過ぎから面会終了の時間まで大にぎわい。あまりの非常識ぶりに腹を立てたオヤジとしては、おもいきりどやしつけてやることになる。一同たちまちシューンとなって帰り始めるので、追い返す意思は無いこと、大きな声を

夏が終わり、そして仕事も・・

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30℃を超える真夏日は9日と、札幌としては猛暑日もなければ熱帯夜もない、かといって冷夏ということもない、ごく普通の夏が終わりにさし掛かっている。そして今日。写真の氷厚測定器搭載用ソリを送り出して、私自身の夏も終わった。前後端のレシーバーから送受する電磁波で氷の厚みを計る装置を載せたこのソリは、<しらせ>に積んで昭和基地まで運ばれる予定だ。一昨年新しく造られた大型の二代目<しらせ>は、厚い氷に阻まれて、続けてこの2年とも昭和基地まで辿りつけないまま、燃料不足で無念の帰還を強いられた。南極海の最近の氷厚は、厚いところで10メートルを超え、しらせの砕氷能力や爆薬をもってしても前進が困難になるそうだ。この装置が、氷の厚みの薄い部分を見つけるのに、少しでも役に立ってくれれば幸いだ。隊員やある程度の必要物資はヘリで運べるが、越冬用の大量の燃料や資材は、できるだけ基地のそばまで寄る必要がある。今の越冬隊は予備燃料で何とかしのいでいるようだが、今年もし補給が出来なければ危機的状況に陥るらしい。昨年、北極用に作ったクレーン吊り下げ用の測定器カバーとこのソリを、今度は南極用に作ってくれとの話があったのは7

8月の雪

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神居古譚を過ぎて旭川に入った頃には、それまで時折り強く降っていた雨も止み、厚く垂れ込めた雲も心なしか少しずつ上がってきたようだ。上川のインターで高速を降り、道路の両側に屏風を立てたような層雲峡に車を進める頃には、夏の強い太陽がこのガスを文字通り雲散霧消してくれると確信できた。 大雪ダムを過ぎて右手に目をやる。青い大雪の山肌のあちこちに置かれた真っ白い万年雪が、思惑通り視界に入った。駐車帯に停めた車を降り、爽やかさを大きく吸い込みながら、10キロ程先のその雪渓の白さに心で触れる。今時分はスプーンカットでガタガタの堅い表面になっている雪渓だが、あと一月ちょっとしてその上に初雪を載せるまで、少しづつ縮むその周りにはチングルマやウサギギクが僅かな時間に急ぎ咲いているだろう。昭和基地に送る道具の打ち合わせのために北見へ向かう行程を、わざわざ変更してこの白を目にするために遠回りした。そして、それが見えただけで心が膨らみ、タイムロスなど気にもならない。子供の頃から雪の白さは何万回も目にしているのに、どんな力があって白はここまで私を惹きつけるのか。 何十年も前の秋の終わり、まだ十代の少女だった妻が、二

虫との関係

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本州各地からはいまだに聞き飽きた猛暑のレポートが続くが、お盆を過ぎた北海道では、朝夕の空気にひんやりした秋の気配が混じるようになってきた。 昼間の数時間こそ、動くと汗ばむ夏の暑さが居座っているが、窓の外のタンネの緑は深みを増し、クルミの実もすっかり大きくなって垂れ下がってきた。道内各地で、今年はカシワマイマイという中型の蛾が異常発生しているという。工房周辺でもたしかにマイマイガは多いが、そう言われれば多いかなという程度で、異常という程ではない。どんな昆虫でも大量に蠢く様は気味悪いが、研究者によれば7年から10年のサイクルで増減を繰り返すそうで、突然に増える訳ではなく、ピークの年に向かって徐々に増えているという。しかしそのクライシスの理由は判らないそうだ。振り返ってみると、山の中の工房では毎年いろんなムシたちに仕事の邪魔をされる。 春先には前年に大量繁殖した冬眠明けのカメムシやテントウムシが飛び回る。よ〜く思い出してみるとそれも毎年一様ではなく、エゾオオカメムシ、スコットカメムシ、ムラサキカメムシと年によって違うし、テントウムシもカメノコテントウだったりナナホシテントウだったりする。更に

サビタの花

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ユキノシタ科アジサイ属。昔この茎の中空の内皮から糊を採ったということから「糊空木」と書いてノリウツギ。それがこの花の正式な和名だが、北海道では誰もそう呼ばないし、その和名を知らない人すら多い。 小さな泡のような花で盛り上がる花房に、たくさんのシロチョウが舞っているようなこの花を、北海道民ならば情緒を込めてサビタと呼びたい。アイヌ伝説をはじめ、いくつもの悲恋をこの白さにまとって、夏の盛りにやるせなく咲く。 蝶のように、花のように見えるのはガク片でできた装飾花で、実をつける事はないが、秋が終わり、厳しい吹雪にさらされても落ちることがない。まるでヨウ素で溶かして葉脈だけにした栞のように、シースルーの花びらが雪景色の中で揺れる。 サビタの語源は、アイヌ語とも東北地方の方言からとも諸説あるが、<さびた>ではなくサビタと書くからエキゾチシズムを帯びて美しい。 道端の、思わず手を伸ばしたくなる高さにたくさんの花をつけ、来年の春までそこを動かず、景色の中に吾を主張し続ける。