年別アーカイブ: 2015

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静かな朝

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焦がれて待っていた訳ではないのです。その音の無い朝は今日とつぜん訪れました。 北国の生活者なら誰もが幾度となく体験する予感。目覚めた瞬間に呼び覚まされる、古くておぼろな記憶でしょうか。全く音が消えた時の無音の音が聞こえてきます。微細な雪の結晶が天から降りそそぎ、空間に漂う静けさという音さえも捉え込んで地上の白さに封じ込めてしまうからでしょう。耳のずっと奥を、かすかに聞こえるシーーンという音が支配します。 暗闇の中でこらす目を窓の外の白い気配が覆い、起き上がってカーテンに手を掛けるのと同時に、世界が真っ白に変わってしまったことを知らされます。工房から数キロ離れた小金湯の観測点で48センチと、11月の積雪としては62年ぶりのドカ雪だそうです。 ひと月以上も前に白いものを見てから、冬タイヤに履きかえ、夏のあいだに伸びすぎた庭木の刈り込みを済ませて、何となく冬支度を進めているように思っていましたが、このいきなりの大雪が準備不足を思い知らせてくれました。 まだ大丈夫とタカを括っていた除雪機のメンテを慌てて済ませ、ワイパーを冬物に替え、防寒靴をひっぱり出しながら、「やっぱりなあ」とちょっとだけ反省

忘れ花

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<忘れ花>。また<帰り花>とも呼ぶそうです。底意地の悪いフェイントだったのか、二度ほど白い物をちらつかせた冬は気まぐれに姿を隠し、初秋のやわらかな暖かさが戻ってきました。 騙されて開花したのは、北海道の山野に自生し、春いちばん、コブシやレンギョウやもちろん桜よりも早く春の到来を告げる庭のエゾムラサキツツジ。 気の早い性分なのか、毎年一輪や二輪の狂い咲きは見掛けるものですが、まだこれから枯葉を落とすというのに、ざっと30もの花が慌てて開いてしまいました。数日後には寒気で凍りつき、しおれて落ちる予感があるのでしょうか。こころなしか、薄紫色の花弁には春咲く時のみなぎる嬉しさがありません。

近くて遠い歴史遺産

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この二十数年、毎日のように<旧簾舞通行屋>という市指定の有形文化財の前を通り過ぎてきました。 江戸から明治に時代が変わった頃、本願寺の普請で札幌から太平洋側の噴火湾を結ぶ通称本願寺道路(後の有珠新道)が開通しました。羆や狼が跋扈し万古𨨞を知らぬ原生林を、人の手だけで百数十キロ、馬が通れる幅の道を開削することがどれだけ難儀なことかは想像に余りあります。 何度か改築されているようですが、元の建物は明治五年にこの道路の駅逓として設けられました。 北海道ではこんな和風な建築物を目にすることがあまり無く、道路沿いに現れる、時代を遡ったかのような景色に、それと知らなかった人はエキゾチシズムさえ感じるようです。 当主の黒岩家ご家族は別棟にお住まいで、現在この建物は資料館として開闢以来の史料や道具などが展示されています。いちど昼間に時間を作ってじっくり見学してみたいと常々思いつつ、通りかかる度に「またそのうちに」と言い訳してしまう自分です。紅い葉っぱは潔い・・。 画像は先週のものですが、昨夜からの雪でこの画面左手の紅葉はいっぺんに無くなってしまいました。山肌も赤みが失せ、ナラやカシワの

雪虫

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13日の夜、街なかでは冷たい秋の雨でしたが、翌朝の工房周辺ではあたりが白くなっていて、この日がやや早めの初雪ということになりました。 大気の冷え込みに対して木々の紅葉は遅れ気味で、緑色と黄色とがせめぎあっていますが、冬の気配はすぐそこまで近づいています。ここ2日ほどは気持ちの良い晴天で、本当は11月に現れる小春日和のことをいうインディアンサマーのようです。急な冷え込みと入れ替わりの暖気に雪虫たちも今朝は大慌て。まるで降り込める粉雪のように行く手に立ちこめています。たまたまクルマに積んであった標準レンズのカメラでは上手くとれませんが、煙のように霞む前方が判るでしょうか。 ゆっくり走っていてもフロントガラスはメリケン粉を振りかけられたように真っ白です。 わずか数ミリの雪虫ですが、雪を告げる使者としてこの北国ではあまりにも有名で、トドノネオオワタムシという本名なんか知らない人でも、条件反射で冬がそこまで来ていることを悟るのです。 そんな雰囲気に急かされるように、リャーリャーと梢でカケス達が鳴き交わし、エゾリスもいつになく速い動きで走り廻っています。陽が陰ってからの里山は急速に冷え込み、夏に

南極の道具

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「観測船そうや」が北氷洋の調査で使う氷厚測定器のケースを春に修理しましたが、今度は「南極観測船しらせ」の備品で、同じ物の修理依頼がありました。前後に4M以上もあるアンテナをすっぽり覆って雪氷や海水から守る、そのケースの袖の部分が大破してしまっています。 画像は正常に使われている時の様子で、海氷も穏やかに見えますが、3年ぶりに昭和基地の近くまで辿り着けたという昨夏(1月)も、やはりかなりの悪条件だったようです。大型になった新造船しらせでも、6メートルの厚さの海氷を壊しながら進む作業は困難を極めるらしく、前進後退を繰り返し、厚い氷に乗り上げて自重で壊すか、それでもダメな時はダイナマイトの使用を余儀なくされたとのこと。 氷に突進したときにうまく割れてくれれば問題ないのでしょうが、割れなかった時が大変で、乗り上げた状態でビルのような船が数十度も傾くのだそうで、ケースの破損もそうやって吊られた状態から海氷に叩き付けられたといいます。重量さえ気にしなければ、そのくらいの衝撃に耐えるものを作るのは可能です。しかし測定値に影響が生じるので一切の金属類は使えないこと、また、解体してコンパクトに納まること