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サムライの子

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懲りずに毎日降り添える雪を除雪していたときのことです。思い切り遠くまで飛ばしてやろうと、除雪機を高速回転にするのですが、強い向かい風には勝てません。つぎつぎ飛ばす雪のほとんどは思った位置より手前に押し戻され、なかんずく自分自身の目といわず耳といわず全身が真っ白。 そんな時、エンジンの音に消されながらも何げなく自分の口から出た言葉にハッとしました。「・・サムライの子は腹が減ってもひもじゅうない・・」 口癖というほどではないにせよ、子供だった私に亡き父親がときどき投げかけた言葉でした。「武士は喰わねど高楊枝」を子供向けにアレンジしたものだったのでしょうか。いや、父親自身も周囲の大人からそう言われて育ったのかもしれません。 身分や階級が無くなった今では、いにしえから続いた武家に生まれ、自らの身体に侍の血が流れていることなど何の意味があるのでしょうか。いえいえ、これは自分自身の精神世界にとって非常に重要な、いわば心の軸のようなものでしょう。空腹時に唱えるおまじないではなく、身体的に苦しい時、金銭的に切ない時、いわば追い詰められたときに自分自身を諌める言葉として何度も何度も繰り返してきたような気

それぞれの冬

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誰かれとなく、ちょっとした挨拶代わりに「いやァ、雪少なくて楽だねェ」と言葉を交し合っていたのもお正月まででした。先週半ばから3日続いた降雪で、工房の周辺は一気に1メーターを超す雪原となり、あまり嬉しくはないものの、見慣れた真冬の景色が広がっています。今年も南向きの斜面にはエゾシカのオスたちが集まってきました。といっても、大きな群れをつくるのは強い牡に率いられた子供や牝達で、ここで厳しい冬の間を過ごしているのは、それが叶わなかった淋しいオスたちです。 陽当たりが良く雪もあまり深くない斜面を見つけたものの、お互いに牽制し合い、かといって心細さはふっ切れず、広い林のあちこちに付かず離れず散らばって灌木の冬芽や木の皮で命を繋ごうとしています。 吹雪の中、すさぶ雪のカーテン越しに、まるで根の生えた木になってしまったように動かず耐えている牡鹿が見えました。無彩色の枯れ野の中では色によって識別することは困難ですが、目が慣れてくるとジッとして動きが無くてもそのシルエットで判ります。立派な角の頭から背中まで雪を乗せ、目は固く閉じたまま、鼻腔も半分ほどに縮めて呼吸すら控えているような気配は、まるで無我の境