
今日が北海道新幹線の開業日だということは、ずいぶん前から伝わってきていた。 歴史的なイベントとして、だんだんとうねりは大きくなり、このところの盛り上がり様はとまどうばかり。そしてその大波が今日、函館の地にくずおれ覆い被さった。今日の新聞各紙はまるで元旦だ。特集、協賛、広告、便乗チラシでずっしり重い。東京まで4時間以上もかかる上に飛行機よりも高い乗車賃などと突き放すつもりは毛頭無い。鉄道マンをはじめ、多くの道民の悲願として、北の地から南に向けた顔のその先にずっと光り続けてきたことを知っている。ずっとむかし、40年以上もむかし、はるかに若かった頃、青函トンネルの工事に加わり地中奥深くで汗していたことがある。炭坑夫のようにヘッドランプと飯盒の弁当を持ち、金網のエレベーターに乗って竪坑を下りる。それまでに長い間かかって掘り進められた作業用のトンネルの、暗闇の支配するその先へ向って、人車(ジンシャ)と呼ばれるトロッコが進んで行く。 海面下140M、さらに地底100Mの空間は、猛烈な湿度と冬でも30度を超す地熱で蒸し風呂のような世界だった。コンクリートで固められながらゆっくり進んでくる本坑の前方に