シーカヤックなどの樹脂製品を作るとき、一番最初は磨いた型にゲルコート樹脂という色のついたプラスチックを吹き付けます。これはかなりネバネバした樹脂で、時間と共に硬化が進み、触ってもベタつかない程度になるまでには数時間を要します。
山の中の工房です。仕事をしているといろんな生物に邪魔されます。なかでも、未硬化状態のゲルコートにくっつかれるともうアウト。蝶、蛾、トンボ、クモ、ハチ、アブ、ときには小鳥まで。でも、間違って入ってしまったような場合は、ほとんどが出ようとして窓に突進するので、窓や戸をあけて追い払えばそれで一件落着。
面倒なのが暗さを好むジャノメチョウやヒカゲチョウの仲間。なかでもこの時期に大発生するチャバネセセリ。そうです、こいつが樹脂作業の天敵です。
チョウの仲間なのにズングリ胴体と茶色の小さいハネ。ひらひらと優雅に飛ぶ蝶のイメージとは大違い。昨日の呑み会でもみんなの反応は異口同音に「わっ、蛾が入ったァ」です。
捕虫網でもなかなか捕まえられないほどのスピードと、鋭角にターンしながら稲妻のように、まるで無目的に飛び回るこいつは、追うほどに暗い隅に入り込み自分でも羽ばたけなくなるのですが、こちらも手が入らないのでつまみ出すこともできません。まるで敵の空母に体当たりする特攻隊機のように、未硬化のゲルコートに覆われた型に突進し、そしてベタベタの樹脂の上を、鱗粉を落としながら暴れまわりのたくってやがて死んでいきます。特攻隊のチャバネセセリは玉砕で完結ですが、それまで進めていた樹脂作業もそこで一巻の終り。また一からのやり直しとなるのです。