子供達ももう目が開いて巣穴の外に出てくる頃だ。あんまりのんびりもできないが、ちょっとの間、うるさいセミ時雨れを聞き流しながらお気に入りの場所で寛ぐ。
眼の奥には厳然とした野生の光を湛えているのに、まるで飼い犬のような穏やかさで接近を許し、触れようとさえしなければ立ち去ることもない。
去年の秋おそく、工房の前を何度も通りかかる子ギツネに目が止まり、冬を越し、春が来て、親になって初夏を迎えた。
窓の外にルルの姿が見えると何故かちょっと安心し、何日も見えない日が続くとどうしているのか気に掛かる。心の中にしっかり存在の位置を占められて、この関係がいつまで続くのだろうか。
「この人にはかなわない」と思う人に竹田津実さんがいる。獣医で写真家で著述家、それよりも<キタキツネ物語>や<こぎつねへレン>などの映画監督・制作者としての知名度の方が高いかもしれない。
そんな氏に知り合えたのは今から20年以上も前。その頃はちょうどバブル絶頂期で、アウトドア系のイベントや写真展も多く催され、講師としての竹田津さんの話しを舞台の袖で聞いたり、打ち上げで夜更けまで呑んだりしたものだ。博識をひけらかすことなく独自の観察眼で世の諸々を喝破し、豪快に楽しく呑んで上手にフェードアウトする。 頭はかなり白くなったが、75歳を過ぎた今もそれができるのだから、同席するのが楽しみでもあり、自分に置き換えてみると驚異でもある。
最近では年に一度くらいだが、今年も竹田津さんと7月初めに洞爺湖畔で一緒に呑める。工房周辺にいる3頭のキツネのうち、どうしてルルだけがこんなに特異な行動をとるのか聞いてみよう。