作業場所の真正面。10メートルちょっとの草っ原の向こうに1本のトドマツがある。胸高直径40センチ、樹高15米で高さのワリには太めの自然木だ。
新緑の中で黒々と、枯野にあって青々と、吹雪や風に耐えながら、毎日のように窓の外のそこにあって黙しているが、この太さには訳がある。クリスマスツリーのような端正な樹形で順調に成長していた20年前、そう2004年の台風の強風で真ん中から幹が折れてしまったのだ。折れたみきの先端脇から出た2本の枝は天上に向かって伸び続け、今ではそれが全く分からないほど自然な樹形になってきた。
その灰色の木肌にヒグマの爪研ぎの痕がつけられた。この春から2頭の子熊とその親がこの辺りを歩き回っているが、キズの高さやいたずらのような爪痕から、体長1メートル前後の2年目の子熊の仕業らしい。爪研ぎとはいうが、これはマーキングに近いもので、自己顕示の一種のようだ。成獣の爪痕ならもっと高い位置でもっと力強い。
辺りに散らばるエゾシカの糞と盛り上がったヒグマの糞をスマホで撮った知人が言う。「うわ、これSNSで絶対ウケるわ。『熊や鹿たちと暮らして』って!」
「おい、やめろよな。一緒に棲んでる訳じゃない。ヤツらは自由だ。警戒は怠らないがおもねることもない。たまたま生活域が重なってるだけだ。」