昨年生まれたルルの子供が、2頭連れ立って姿を見せた。 100メートルほど離れた日当たりの良い雪の斜面には、ルルとショーンが体を寄せ合ってまどろんでいる。 体型はオトナとほとんど変わりないが、まだネコのように高く甘えた鳴き声で若さを隠せない。 半年前までは藪の中から甘えて鳴くばかりで、決して開けた場所に身を晒すことなど無かったのに、今の足取りには警戒に対する自信すらうかがえる。 空腹の様子は痩せ気味の身体から察しが付くが、それでも今日まで初めての冬を生き抜いてきたのだ。深い雪の下のヤチネズミを捕らえるすべは完璧に身につけたに違いない。 時々斜面の方に目を向ける表情からは、ルルと義理の父がそこにいることを認めながらも、気になってしょうがない様子が見てとれる。 同時に、このまま近寄って行けば、母の新しいオトコが立ち上がり、やがて力で排除されることも知っている。 近づき過ぎてトラブルにならないように、哀しみを足跡に残し、2頭の若者は前後しながらゆっくり遠ざかって行った。
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健診と検診
2年ほど前、なま返事を繰り返す消極的な私に業をにやした家人が、日帰りの人間ドックを電話予約するという強硬手段に及んだ。その存在を知ってはいたが、新しく建て替わった総合病院の回転自動ドアに吸い込まれ、そして数秒後に、高い吹き抜けで正面奥にエスカレーターが設けられた、ホテルのような広いエントランスホールに押し出される。 病気ではないので正面右手の受付には進まず、右に曲がって、併設された<健診センター>へ向かう。健診の始まる時間より前だというのに、100人も座れるような待合室はほぼ満員。しかも、中年以上の男女全員が同じベージュ色の受診衣に着替えて呼び出されるのを待っている。 Uターンして帰りたい衝動を覚えるが、俎板の鯉と諦めてベージュのパジャマを受け取った。 身長・体重・視力から始まり、検尿、採血、レントゲン、心臓、肺など、名前を呼ばれるたびに、指示された部屋に入ってはおとなしく検査を受け、最後にそのデータを元に医者から健康状態の説明を受ける。 結果、血圧・血糖値・コレステロール等に難点があるが、それよりもPSA値から見て前立腺ガンの疑いがあるとのことで検査入院を指示された。 数ヵ月後に3日
都は弥生
<都ぞ弥生>なら有名な北大の寮歌だけど、”都は”って何よ、”は”って? んっ? いーんです。昔から勝手にそう思ってるんです。所用で東京に行ってきました。 車で立ち寄るときは、用事さえ済めばなるべく早く都内から出るのですが、飛行機で行ったときはそうはいきません。Suicaの便利さに改めて感心しつつ、地下鉄からJR、私鉄から私鉄と無表情を装って乗り継いでいても、なんかやっぱり息苦しいんです。 浦島太郎といわれるように、古くから変わっていない地名と、道路や鉄道の方向こそは覚えていても、全く見覚えの無い景色ばかり。「あれがあったのはここだ。絶対に間違い無い!」と自分に言い聞かせても、ときどき自信の持てないちっちゃい自分が柱の陰から半分顔を出す。 ウン十年ぶりに訪ねる土地は懐かしくもあるけど、一日中人・人・人のなかにいるとこれが結構疲れます。 慣れてしまえば他人なんて空気のようなものだし、誰も自分の事なんて気にしちゃいないってことぐらい分かってます。実際、電車のドアにくっついて立ってるヨソもんのオッサンなんか誰も見ちゃいません。だって座席に並んだ6人が全員下向いてずーっとスマホいじってましたから
白魔去りて
日本海とオホーツク海の2つの低気圧が発達しながら合体し、965hPaと大型台風並みの暴風雪で、遠慮がちに近づいていた春におもいきり蹴りを入れて遠ざかって行った。 全道各地で暴れ回った強風は、低温の為に結着力を持てない雪を吹き飛ばしてあらゆる窪みを埋め、白い壁のように襲いかかって9人の命を奪い去った。TVのワイドショーでコメンテーターが物知り顔で言っていた。 「まず警報が出ているような時に外出してはいけません。もし立往生したらエンジンを止め、時々車外に出て埋まらないようにスコップなどで隙間を作りましょう。」 殴ってやりたいくらい実態を知らない奴だ。 北海道ではひと冬に数十回も暴風雪警報や注意報が発令される。その度に家に籠もっていたら生活ができない。停めたクルマの中でエンジンを切ると15分で車内が氷点下になる。ましてホワイトアウトの車外に2〜3分出ただけで全身雪の塊り、鼻や耳の穴さえも雪が詰まってしまう。そんな状態で車内に戻ったらどうなるか・・。こんなところに停まっていると大きな車に追突されるかも知れない。ハザードランプの点滅は見えるだろうか。いや、こんなにすっぽり埋まったら除雪車にクル
間男退散
朝、工房裏手の陽あたりの良い斜面に3頭のキタキツネがいた。いちばん下の位置で前脚にあごを乗せてうずくまり、見慣れたルルがまどろみながらくつろいでいる。向かって数メートル右上には、腰を下ろしてはいるが首を突き上げてなにやら警戒気味の今年のパートナー。その2頭から10メートルほど離れた左上方に、毛並みから若さの窺えるもう1頭。 子育て時期でもないこんな季節に3頭も一度に目にするというのは珍しい。 分れたはずの子ギツネだろうか。じっと眺めていると、左側の若いヤツがルルに向かってモーションをかけているようだ。 「そんなオッサンより俺と行こうよ。いいとこ知ってるから・・。」<ここは器の大きさで勝負>と、動きを抑えていたオッサンが、これ以上の無礼を許してはならじと立ち上がった。グャン!グャン!と、犬かと間違えるような短い声で吠え立てながら、足にまとわりつく雪を蹴散らして猛然とダッシュ! 追われる方も逃げる逃げる。時々滑りながら走る足取りに必死さが伝わる。 尾根の上まで逃げ切ると、振り返って負け惜しみの遠吠え。ギャウ〜ン、ギャウ〜〜ン。近くまで戻ってきて、見得を切るように佇んでみせた写真のこのオスを