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伊藤健次著「アイヌプリの原野へ」

f:id:norlite_designs:20160627174236j:image:w360:left誰にということではないが、この本と著者のことを誰かに伝えようとしてしばし時間を費やした。
学生の頃から知っている伊藤健次のことを何と紹介したら良いのか、登山家、エッセイスト、動物写真家、山岳写真家・・。そのどれもそうで、そのどれかではない。強いて言うなら、それぞれのレッテルの前に「北海道の」と付け足すのがいちばん相応しい気がする。その活動範囲が道内に留まるからではない。
アラスカ、アンデス、北欧、カムチャッカ、沿海州。
チャンスを待つのではない。自らの意思でその想いを切り開き、いつも自分の視点で摑み取ってきたものをやさしく見せてくれる。その視点の根っここそが、決してぶれることなく北海道なのだ。

長い付き合いを振り返ると?マークがいっぱいだ。まず彼は、北海道の自然とは縁もゆかりもない埼玉県の北本市で生まれ育ち、高校では甲子園を目指す野球少年だったという。最後の夏休みに<青春18キップ>で日高を訪れ、そこでたまたまアイヌの人達にお世話になったのが彼の北海道の原点のようだ。
そこからがすごい。猛勉強して現役で北大に進み、冬山などとは全く縁が無かったのに<山スキー部>に入ると、猛烈な勢いで山に打ち込む。学生時代には自分たちで企画してアラスカとカナダの国境にあるセントエライアスに遠征し、厳冬期の日高山脈全山単独縦走を成し遂げると、卒業後は就職の道を断ち、ガイドや写真などで糧を得ながらますます山にのめり込む。欲に媚びず、強靭な意思で信じた道を切り開く様は、年下ながら感服させてくれるものがあり、同じ山仲間の伴侶を得てからも、世界各地の山に出かけては新鮮な話しを聞かせてくれた。

アイヌの人達と同じようにウデヘのおばあさんと話し、ヒグマとつき合うようにアムールタイガーとの距離を測り、多くの登山者に山の情報をもたらしながらさりげなく森や花の写真を添える。
何より彼の仕事が心地良いのは北海道に置いた軸足が全くぶれないこと。

そんな彼の中で醸成された<北海道>が、長い準備期間を経て1冊の本になった。
上っ面からは決して見えない北海道=アイヌモシリの本当の素晴らしさを、奥の方からそっと引き出して見せてくれる。   朝日新聞出版 2300円+税 

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