退院してからもずっと通っていたリハビリから卒業することになった。手術した右腕はほぼ不自由なく動かせるようになり、はじめの頃は受ける度に目覚ましい成果だったリハビリも、最近ではその回復曲線が緩やかになったことから、今後は日常生活の中で気長に回復を目指すことにした。
いや、本当のところは3ヶ月を過ぎて保険診療が効かなくなると聞いて、じゃあもういいかという気持ちになったからなのだが、医者からもリハビリを止めても良いとお墨付きをもらって納得の卒業と相成った。
手術を担当してくれたO先生は、年間に百例以上の腱板断裂の回復手術をこなす、北海道では実績ナンバーワンの肩の専門医らしい。手術前の周到な説明の後、肩の周囲に6カ所の小さな穴を開け、内視鏡を駆使してチタンのボルトとワイヤーで切れた腱を繋いでくれた。事実、はじめにレクチャーを受けた通りに回復したし、自信の眼差しでの細かい対応は患者に不安を抱かせない、確かなプロの仕事を見せてもらった。
それはそれとして、退院後のこの数ヶ月思い知らされていることがある。病気やケガが<治る>ということは、<もとに戻る>ということと同意語では決してない。晴れて退院とは言っても、手術や入院生活で落ちてしまった足や手の力を元のように戻すのは容易ではない。まして歳を重ねた身としては絶望的とさえ感じられるのだ。60kg以上あった右手の握力は、まだ20kg程と子供かと思えるほどしか戻らず、僅かな手仕事さえ思うに任せなくて己に苛立つことしきりだ。
腕相撲ではじめて息子に負けたのは10年ほど前、それまで負けることなど頭の片隅にもなく、息子に対して「倒してみろ」と上から目線で挑戦を促していたというのに、ある日突然どうしたことか負けてしまった。にわかには信じられず、何かの理由を見つけようと2度目の勝負に懸けたのだがこれも勝てず。キマリの悪さと砂を舐めたようないやな後味が残った記憶だけがある。
あれから一度も息子と腕相撲をしたことは無い。想えばあの時を境に老いが始まったのだ。