
2011年2月22日、ニュージーランドのクライストチャーチを襲った地震の記憶があるだろうか。語学学校に通っていた28人の日本人が、ビル崩落によって亡くなったといえば思い出す人も多いはず。 その犠牲者の弔いが済まない翌3月11日、日本では東日本大震災が発生し、甚大な被害を引き起こした大津波に加え、3基の原発がメルトダウンするなど、海外のニュースが伝えられる隙間など全く無かったのも事実。それから5年が経った今年の春、訪れたガーデンシテイーの名を持つクライストチャーチは、草花こそ美しく咲いて迎えてくれたが、街のシンボルでもある崩落した大聖堂をはじめ、惨禍の傷痕が市街のあちこちにたくさん残っていた、 しかし、この街の人達のはっきりとした、それでいて力みの無い、暮らしの再建に向けた確かな歩みは、何の力にもなれない自分にも心から応援したい気持ちにさせてくれた。 使い物にならなくなった大きなビルはあちこちで解体され立て替えが進んでいたし、壊滅した商店街はコンテナの仮設店舗を連ね<Re START>(再出発)というモールとなって賑わっていた。その後も数えきれない余震に耐えていたニュージーランド南島が、