年別アーカイブ: 2016

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外食のススメ

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我ながらなんとも不謹慎な話ではある。 妻が困難な手術で入院中に<食べ歩き>を書こうとは。 安直にススメとしたが、ほんとに薦めている訳ではなくて、まあ、云うなれば期限付きチョンガーの食事録というところか。非常時である。老いてなお気丈な母や近所に住む息子の嫁、それに嫁いだ娘までもが不自由なオッサンを気遣ってくれるので、その好意を拒絶するようで甚だ恐縮ではあるが、申し訳ない、今回は好きなようにさせていただこう。 普段でも、『今日は外食にしようか?』という場合に、『さあどこにしようか、思い付かない。』ということがよくあるので、『この際だから(何がこの際だからか)あちこち開拓してみよう!』が動機だった。この3週間ほど、毎日(?)仕事を終えてから病院に向い、顔色など確かめた帰路『さあ、なにか食って帰ろう。』とする。 ところが案に相違してこれがそう簡単ではない。本でもネットでも世にグルメ情報はこれでもかというほど溢れまくっているが、まずクルマが駐車できる店舗が限られる。地下鉄やJRの駅周辺に集中する魅力的な飲食店や居酒屋はその点でまずアウト。かねてより駐車可能であることを知っている店以外に、クルマで

雪虫、初雪、過ぎる秋

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9月に入っても暑い日が続いていたというのに、今年は早かったんです雪虫を見たのが。 例年なら10月の初旬から中旬の好天の日がその姿を認める初日になるのですが、このところ台風が通り過ぎる度に大陸の寒気を引っ張り込んでくれるので、おもわず身震いするような朝が続くからか、10月を前にしてその小さな虫を鼻息で飛ばないように息を殺して掌にふわっと乗せました。 昨日の朝は、通勤時にいつも何気なく目にする郊外の山並みの山頂部がうっすら白くなっているのを確認しました。ニュースでは標高1000メーターを越える峠道はどこも積雪状態ということです。 今頃、峰々を結ぶ稜線周辺の彩りは、ハイマツの深緑とダケカンバの黄金色、ナナカマドやミネカエデの鮮紅、それに雪の純白が加わって、そこを歩く人のテンションを大きく持ち上げていることでしょう。降りてきた冬の気配に急かされて、下界の樹々も装いを変化させています。 紅葉の一番乗りはヤマウルシ。一日と言えずその葉を紅く変えて景色の中の先駆けを自分に言い聞かせ、季節の旗手の役回りを人手には任せません。 エゾヤマザクラも赤黒くなった葉を順に落とし始めて、その梢をだんだん風が通り易

うれしい便り

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仕事を終えて自宅に帰ると、思いがけない人からの荷物が届いていた。 鳥取のO氏からの贈り物は、この季節だからこその二十世紀梨、しかも3Lの秀品。緩衝材でやさしく包まれたその実からは、ナイフを入れなくてもみずみずしさが想像できる。Oさんと初めて会ったのはもう10年以上も前のこと。 Reylaで日本一周中のOさんから修理依頼の電話が入った。浜益の手前、毘沙別の海岸でテン泊しているとのこと。すぐに出かけてなんとか合流はできたが、とても砂浜の上で修理は出来ない。テントを張ったままにし、本人とカヤックを乗せて札幌のわが工房まで戻ってきた。いま想い返せば唐突かつ強引なこちらの申し出に、拉致されるようで不安だったかもしれない。ボトムの修理をしながら、Oさんにはたぶん2日か3日を工房裏の小屋で寝泊まりしてもらったと思う。 この旅に出る前には、何年もかけて世界中を放浪していたという彼の話は興味深く、詳細には覚えていないが、サンチャゴの北にあるバルパライソの安宿の話は、そのあたりを知っていたこともあってずいぶん近しく感じたものだ。 『深夜まで呑んで、貝殻節を弘中さんにつられて唸った夜は旅に出てよかったと・・

栄華の記憶

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150年以上も前、蝦夷地が未だ北海道になりきっていない頃、文明から遠く離れた日本海の浜辺に、これほど人間たちの昂りがあったとは・・。留萌の北、小平町にある花田家番屋を見学して改めて想った。毎年春の海岸に訪れるニシン漁がもたらした富と狂乱は、道南から道北にかけての日本海沿い各地に番屋と呼ばれる拠点を残し、そしてある時期を境に歴史の中に消えてしまった。 あちこちで類似の番屋を見たが、この花田番屋はかなり大きいもののようだ。この広い板の間は、ワゲシ(若い衆)やヤンシュ(雇い衆)と呼ばれた使用人たちが寝起きしていたという。 3カ所に設えられた、およそ3畳ほどもありそうな大きな炉の周りでは、多い時で5百人もが入れ替わり立ち替わり飯を食い酒をあおって、その群来の日が訪れるのを待ったという。 この大広間とは炊事のための土間を挟んで反対側、こちらは全く異質な空間が奥まで続くが、それは網元とその家族の住まいだそうだ。中庭を囲むたくさんの部屋や廊下には畳が敷き込まれ、床の間や調度品には金箔がちりばめられる。 経営者である網元の取り分は出来高の9割で、残りの1割を全使用人で分配したという。 当時の軍人には1

落とし物

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工房の斜め前の路上にこんもりとした落とし物。それにしても太い! コーヒー缶と同じくらい! どんな肛門してんだ!中身は大量のクルミ。先日来の台風で落ちたまだ未成熟な実を、硬い殻ごとバリバリとやったらしい。 ボソボソだけど、これだけいっきに落としたらどんだけスッキリ?この◯ンコの上についさっき、腰を落として身体を丸め、無防備に息張るでっかいヒグマの姿があったことを想像すると、なぜか謙虚な気持ちになる。「スイマセン。畏れ入りました。どうぞ好きなようにお暮らし下さい。」